【回想】
(ドキドキ…ドキドキ……この扉の向こうにはどんな世界が広がっているのだろう。)
ミシリと軋む床を一歩踏み入れると、腰まで届く長く美しい髪を翻しながら振り返る総メイド長・エリスさんが迎え入れてくれました。
「シャッツキステへようこそ」
アキハバラの外れにヘンテコな本が所狭しと並べられている図書館があると噂を聞いた。
何やら図書館の中に喫茶店とメイドが共存しているらしい。音楽を奏でる鳥やクッキーの重さを測るヤギ、ドールに変化したメイドも居るとか。興味をそそられて仕方がない私はその図書館へと足を運んだ。そう、その図書館でお給仕をする為に……。
〜〜
私の名前はオトハ。お菓子を作ったり本を読んだりして生活しています。

もうこの図書館に来て1年が経ったかしら。下積みであるメアリーメイドの期間を経て桜の咲く頃にパーラーになったっけ。時間が過ぎるのは本当にあっという間でここに来て季節が一周してしまいました。
図書館の歴史は14年、内私が在籍したのはメアリーの期間も含めて約1年。
私がここで経験したことを記しておこうと思います。

××××年11月1日
私が初めて図書館に来た日。緊張と希望を持って扉を開くとたくさんの本と支度をするメイドの姿が。「あの…はじめまして!今日からお世話になるオトハです」
するとエリスさんが笑顔で出迎えてくれました。「お待ちしておりました、今日からよろしくお願いしますね」
聖母のような微笑みと真っ直ぐな眼差し。この方無くしてシャッツキステ無し。その温かな存在感はシャッツキステそのものでした。
支度を終え、メアリーとしてのお給仕がスタート。私はまるで雛鳥で、先輩メイドから手取り足取り教えて貰いました。
××××年3月2日
冬組のメイド長・シズクさんからブローチとカチューシャを渡されました。ブローチは、深緑色。これからパーラーメイドとして冬組に所属することに。
余談ですが後にアジフライと呼称されるようになった私の編み込みヘアは崩れることもなくお給仕にもってこいな髪型なのです。

この日はシズクさんにジャムの作り方を教わりました。シズクさんは一度に瓶14個分のジャムを作りますが私は9個分。「無理しないで、ゆっくりで大丈夫ですよ」と声をかけてくれるシズクさん。いつも優しく、キッチンから見守ってくれる視線でその場にいるだけで安心感があるのです。
できたジャムを味見すると、バラの花びらとエルダーフラワーの香りがふわっと鼻を抜けました。
××××年8月16日
シャッツに夏がやってきた。ツバキさんと「暑いですね…」などと言葉を交わしながらお菓子作りの準備を。ツバキさんのシフォンはいつもふわふわほかほか。まるでツバキさんを表しているよう。偶に推しについて語り合うときのツバキさんのとろけるような笑顔が堪らなく好きなのは、ここだけの秘密。
私はレモンケーキを焼き終わり、あとはお片付け。
おっと、陰からムギさんとミツキさんが味見を狙っているようです。お二人の仲の良さはシャッツ随一ですよね。ムギミツは私的シャッツ二大シンメの一つです。明るくて、いつも元気を与えてくれます。
さてさて、お二人にケーキをお裾分け致しましょう。
++++年13月30日
おっと時空が歪み別の世界線へ来てしまいました。特にお気になさらず。
ココさんとリツさんが何やらフワフワしたもの…?を愛でています。あれ、キラキラしたものも…??あれは一体なんなのでしょう…?お二人とも楽しそうに目を輝かせているのできっと可愛いものに違いないことでしょう。そんなお二人を陰から愛でている時間が尊い限り。実はお二人の周りにはお花と子羊が舞っているんだとか。ココさんとリツさんのふんわり雰囲気にも納得です。
++++年15月28日
この日は休館日。忘れ物を取りに来た私は明かりがついていることに気がつきます。あれ、ゴルゼスも鳴いている…?
館内ではルナさんとツグミさんが蔵書の整理をしながらシャッツキステの仲間たちと談笑していました。
カッタン「みんな〜、本の整理もほどほどにしてお茶会しようよ〜」
ムスタフィ「こらカッタン、ルナさんとツグミさんの邪魔をしたらだめじゃよ」
ルナさん「もう少しで終わりますから、その後お茶を淹れましょうね」
ゴルゼス「♪〜〜♬〜♩〜〜」
ツグミさん「おすすめ本は…これにしよう!」
ヴァルゴ「………zzz」
シャッツキステは今日も賑やか。
++++年20月34日
私…目撃してしまったのです…。メイドの支度部屋でノバラさんがウクレレを弾き語りながらライゼさんが踊っているところを……。
作詞はライゼさんでしょうか。素敵な詩と琴線に触れるノバラさんのメロディー。まるでお二人のお給仕の様子のよう。
ライゼさんが居ると、どこであろうとその場がシャッツキステになるのです。Ms.シャッツキステ。
ノバラさんはヴァイオレットな声色の持ち主。優しく心地よい声でシャッツキステを包み込みます。
因みにこのお二人はもう一つの私的シャッツ二大シンメです。さて、お給仕の支度に戻ることにします。
----年2月56日
なんだかいつものお菓子が焼ける香りとは違う、華やかな香りが館内に漂っています。おや、作業台で、シオンさんがアロマスプレーを調合しているようです。繊細で芳しい香りを天才的なセンスで作り上げる様子はまさにシャッツメイドたるや。
ティートゥリーの香りに釣られてアオイさんがやってきました。アオイさんはハーブの知識が豊富な上に、お仕事のスピードは随一の速さ。ワタクシじゃなきゃ見逃しちゃうね。
先輩のアオイさんですが、甘えられたい…と願う後輩は生意気でしょうか?いつか私の肩に乗って下さい(ピカチュウスタイルで)、そのままお散歩しましょうね。
----年41月-3日
閉館後のシャッツキステ。館内の明かりを消したはずなのに、小部屋から光が漏れています。何だろう…?とチラリと覗くと、カナタさんとヤナギさんが何やら不穏な会議をしています。
カナタさん「・・・であって……あのメイドはこの妖怪に似てると思うんですよ」
ヤナギさん「ふむふむ。じゃあ私はプログラミングの視点から論理づけてみますね。すると……」
カナヤナ「ふふふふ」
…私はそっとその場を去りました。
お二人は冬組の先輩です。理系も妖怪系(?)もいる冬組はいつまでも安泰ですね。
----年0月0日
この手で扉を開くのも、ティーポットを持つのも、軋む床を踏みしめるのも、ブローチを首元に付けるのも、今日で終わり。
旅人さまと言葉を交わしたり何気ない談笑がとても心地よいのに、ドアから差す光が柔らかく暖かいのに、どこか切なくて。
開館と同時刻には真上に登っていた太陽。閉館の刻、月が街を照らす頃、私のシャッツキステでのお給仕も最後の時を迎えました。
帰り支度を終えると、初めてここを訪れた時の私がドアに手をかけていました。
(このお話は実話を元にしたりしなかったりしたフィクションです)

シャッツキステ。
そこは個性集まるメイドと、沢山の本、そして旅路の途中で旅人さまが集まる図書館。
シャッツキステ。
ここは一人一人の思いが詰まった、ひとりの心の宝箱。
沢山の旅人さまと話したこと、優しく楽しいお話を見聞できたこと。一つ一つ記憶に大切に残っております。
シャッツキステ最後のパーラーメイド、オトハを温かく見守ってくださって本当にありがとうございました。
私はまだまだひよっこです。ですが15人の先輩メイドに支えられながら沢山学ぶことがありました。沢山感じることもありました。沢山成長致しました。この図書館でお給仕できたこと、優しく逞しく個性溢れるメイドと共にお給仕できたこと、本当に誇りに思います。
物理的なシャッツキステの歴史は終わりますが、皆さまの記憶の中にシャッツキステが残っている限り、シャッツキステは在り続けます。
未来は想像ですが、過去は事実です。
私も寂しさに襲われることは容易く想像できてしまいますが、「シャッツキステでお給仕していた」「シャッツキステは西暦2020年11月15日まで開館していた」事実は翻りません。紛うことなき事実なのです。きっとその事実と館内で過ごした日々のことを思い出すと、私は私で在り続けられるような気が致します。
大好きなシャッツキステ。
本当はなんだかまだ閉館することがピンときていない自分がいます。閉館のお知らせがあってから日々を過ごしていると実感が湧くかな、思っていました。
11月に入ったというのに、まだここでお給仕している自分の未来を想像してしまいます。
きっと閉館後にしか実感できないのかなと自分でもわかっているのですが…。
きっと私の他にも同じような方がいらっしゃることかと思います。
私はその時を、ゆっくりと、受け入れていこうと思います。
旅人さまが心にシャッツキステを持ち続けている限り、そこがシャッツキステなのですから。
旅人さまがシャッツキステを見守って下さる時、シャッツキステもまた旅人さまを見守っているのです。
これからの皆さまの旅路が素晴らしいもので在りますように。
私も新たなる旅へ向かう用意を致します。
どうか皆さま、お元気で。
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