窓を開けると、鼻の奥までスッと冷たい風が通り抜ける11月。

 お給仕の準備をしながら、皆様のことを考えます……。寒くなってきましたが、皆様、体調は崩されていないでしょうか……


 今日はどんな素敵なお話が館内で飛び交うのでしょう——館内での楽しい時間を思い描くと、自ずと唇がニンマリと弧を描きます。(今はマスクがあるので、館内ではお見せできないのですが、リツもニンマリと笑うことがあるのです。)


ritsu



 メイド服を着ながら、シャッツキステにやってきたばかりの頃——メアリーメイドだった頃——のことを思い出します。
 
 あれは太陽が最も強く輝いていた季節……暑さに弱い私は、少しヘトヘトになりながら、シャッツキステの扉を叩いたことを覚えています。


 扉を開くと、そこには春の花々のような柔らかい笑みを浮かべたエリスさんが暖かく迎えてくれました。

 暑さと緊張でガチガチだった私は、この笑顔と優しい瞳ですっかり安心してしまったのを昨日のことのように覚えています……


——そんなことを考えながら、メイド服を着ていると、ムギさんがどこからともなくやってきてリボンを直してくれます。

「コラ〜!リボンが曲がってますよ〜!」

 コラ〜!とは言いつつも、陽だまりのような笑顔で優しく直してくれるムギさんは、きっとシャッツキステの太陽のようなメイドです。

 そうです、一番最初にメイド服の着方を教えてくれたのもムギさんでした……

 ムギさんには、ついつい甘えたくなってしまうような頼りになるオーラが……いえいえ、私もパーラーメイドになったのですから、甘えてばかりではいけませんね!


「あ、リツさん!髪の毛はそろそろ食べ頃ですか?」

 こ、この声は……!ミツキさんが私の髪の毛を狙っています……

 た、食べられる物ではないのですが……

 ミツキさんは春先の気温のようにクルクルと表情が変わってとても可愛らしい方です!そして、日誌やお話の中で飛び出す、独特の表現……!何を食べたらそんなに素敵な言葉を思いつくのでしょうか……

 

 ……あ、そうでした。今現在、私の髪の毛は狙われているのでしたね……

  ……そんな瞳をされても、私の髪の毛は食べられませんよ……


  私の髪の毛にベーコンを入れるか、甘い菓子パンにするか……

 いつの間にか、ムギさんとミツキさんが恐ろしい計画を熱心に話しています……

 

 この隙に、こっそりキッチンに逃げましょう……



 くんくん……

 キッチンからはいつもいい匂いが漂ってきます。

 お菓子の匂いや、スープの香り、パンが焼ける香りに、ハーブティーが蒸らされている香り……この香りたちを胸いっぱいに吸い込むと、すっかり幸せに染まってしまいます……


「リッちゃん?見過ぎですよ?」


 ——ハッ!(私はこの「リッちゃん」というシズクさんからの呼ばれ方が大好きなのです。)


 シズクさんの声で我にかえります。シズクさんの手には焼き立てのスコーン……
 アツアツでホクホクで……口に入れるとホロッと崩れて……そこに紅茶を流し込むと、お口の中には—— 

 いけません……!キッチンに来たからには、何かお手伝いをしなければ……

 

 お手伝いすることはありませんか?と聞いてみると、シズクさんはホワッと……優しい雪のような微笑みでお仕事を教えてくれます。

 シズクさんに笑いかけてもらうと、スコーンを食べている時と同じくらい……いいえ、それ以上にあたたかくて、素敵な気持ちになります……

 きっと、皆さまもそうですよね?


 リツに尻尾があったら、引きちぎれんばかりに尻尾が揺れていたことでしょう……


「オトハさんと一緒にクッキー焼きをお願いしますね!」


クッキー焼き!

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、リツの苦手なお仕事の一つです……

ですが、練習しないと上達もしません……


 隣で、すっかり洗練された様子でクッキーを作るオトハさん。

 後輩メイドですが、美しい指先で綺麗なクッキーを次々と生み出していきます……

 「このようにするといいですよ!」

 つららを叩いたような凛とした涼やかな声で優しく教えてくれるオトハさん……あれ?どちらが先輩でしたっけ?

 ……気を取り直して、私もクッキーをまぁるく……まぁるく……


 ——ならない……

 おかしいですね……


 クッキーの形作りは、ノバラさんにも教わったのです!

 「これくらいの大きさで丸くするといいんです!」

 キッチンの道具を使って、わかりやすく教えてくれたノバラさんの声が脳裏に響きます。

 秋組の先輩のノバラさんは、いつも優しく目を見て館内のお仕事を教えてくれます。

 秋の夕陽のような優しい眼差しが、私は大好きでポーッとなってしまいました……

 

——!!

いけません!すぐにボーッとしてしまうのは、悪い癖ですね!
記憶と、目の前の頼れる後輩オトハさんの手つきを参考にクッキーを完成させなければ……!!


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クッキーは……
やっぱり少し凸凹になってしまいました……

まだまだ修行が足りません……


すでに出来上がっているクッキーと見比べても一目瞭然——って、これはあまりにも丸い……丸すぎます!
この丸さは……噂のお月見流派のクッキーですね!
お月見流派といえば、ルナさん……

あの花びらのような繊細な指でこのクッキーを……

きっと、コースターを編んでいる時と同じ真剣な表情で、この丸さは作られたのでしょう……

見ているこっちが吸い込まれそうなほどの真剣な表情……クッキーやコースターが羨ましいです……

そして、そんな真剣な表情とはまた違う、こぼれるような笑顔もルナさんの魅力です!

 ルナさんの笑顔を見ると、パァっと心があったかく、明るくなるのです!


「そろそろ開館しますよ〜!」

アオイさんの声が聞こえます。


 落ち着いて、テキパキとしているお給仕はとっても格好良くて憧れてしまいます。

 シャッツキステを初めてご利用される方へのご案内は、アオイさんに教えてもらいました……最初はガチガチに緊張していたのを、励ましてもらいながら練習したことがフッと蘇ります……


 アオイさんの凛とした瞳にはいつも楽しいことがたくさん映っているようで、夏の海の飛沫のようにキラキラとした笑い声が館内を彩ります。


 何のお話をしているのでしょう……


 耳をすませてみると、ヤナギさんが何やら面白いお話をしているようです……


 ヤナギさんの頭にはいろんな知識や面白いお話や噂が詰まっています。

 きっと、冬眠前のリスの食糧庫よりも面白いことが詰まっているに違いありません……

 その知的好奇心は留まることを知らず、パン作りやタピオカ作り……物語に出てくるお食事まで……いやいや、すごすぎますね?

 たまに、ヤナギさんは本当に魔法使いなのでは?と思うのです……

 

 そんなことを考えていると、脇腹に唐突な刺激が……!!

 

 ——シオンさんです……!!

 悪戯っぽい瞳を輝かせて、メイド達をツンツンする秋組の先輩です!

 お人形のような容姿とは裏腹に、子猫のように悪戯好きなシオンさん……でも、やっぱりとっても優しくて、木陰のように柔らかくお話する声が大好きです……


 あ、あれ?さっきまで目の前にいたはずのシオンさんがいません……

 今度はどちらに——


 あ、ココさんがやられたようですね……

 

 ココさんはシャッツキステの魔法少女……!そして、私の同期のメイドでもあります……

 一緒のお給仕は、数えるほどですが、離れていても私たちはつながっていますよ……(ますよ……ね?)

 残念ながら、食べたことはないのですが、ココさんのお菓子はとても美味しいのだとか……さすが魔法少女……

 クッキーを焦がしてしまう私とは違いますね……(クッキーさん、大変ごめんなさい……)

 雰囲気が似ていると先輩メイドに言われて、ルンルンです……


 あまりお給仕が重ならなくても、ココさんの様子が分かるのは、ツグミさんの黒板のおかげです!

 いつも色々なお題をみんなに聞いては、可愛いちびキャラにして、黒板を彩ってくれています!

 どうして、そんなにたくさんのお題を思いつくのでしょう……

 あれ?ツグミさん??

 私のちびキャラの体長……あの、皆さんのよりももっと小さくありませんか……

 あ、あれ……


 ツグミさんが出したお題で、メイドも旅人さまも楽しくお話しています。

 

 私は、あまりお話が上手ではないのですが、旅人さま方の楽しいお外の世界のお話を聞くのが本当に大好きです。


 こんなものが好きで……こんなところに行ってきて……こんなものを見て……皆さんの「いつも」や、「特別」、「大好き」がキラキラとシャッツキステを飾っていくのが見えます。

 

 そんなキラキラをみていると、少し視界が歪みます。

 ……いけません。

 インクが滲んでしまいますね……


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 おやつの時間です!!

 今日のおやつは何にしましょう……


 シズクさんのスコーンに……ノバラさんとシオンさんのクッキー……ツバキさんのシフォンケーキ……


 どのおやつも魅力的すぎます……


 が、一つに選ばなければ……


 ツバキさんのシフォンケーキは、初めて食べた時に、美味しさのあまり空を飛ぶところでした……

 フワフワなのに、しっとり……そして、舌の上には幸せの風味がしっかりと着地しているんです……

 こんなに美味しいものに出会えて、私は大変幸せです……

 美味しかったです……

 シフォンケーキと一緒で、ツバキさんも雪うさぎのようにフワフワしていて……一緒にいるとホワァっとした気持ちになります……

 お菓子のお話をしている時のツバキさんは、本当に幸せそうで、そのお話を聞くのも、そんなツバキさんをみるのも大好きです……


 あっ…… 

 メイド服にクリームを落としてしまいました……


 お洗濯をしなければ……


 お洗濯場所に行くと、カナタさんが洗剤を持っています。


 「お洗濯の洗剤ってどれくらい入れるか知ってますか……?」

 ゆるふわの可愛らしいカールを揺らしながら洗剤の量に迷う姿はまるで綿雪の妖精さんのようです……

 

 カナタさんと二人で、なんとか記憶を頼りにお洗濯を進めます……


 ふんわりとお仕事のコツを教えてくれるカナタさん……肩の力を入れすぎた日は、ヒーリング効果が絶大です……


 お洗濯をしながら、お話ししたいことが尽きません……

 私たち、身長お揃いみたいですよ……!!


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………いつのまにか、閉館のお時刻が迫っていました。


 ライゼさんが、旅人さまに閉館のお時刻の旨をお伝えしています。


 私が、初めてパーラーメイドとして館内に足を踏み入れた日、手を引いてくれたのがライゼさんでした。

 

 緊張で生まれたての小鹿になっていた私を、力強く、そして優しく導いてくれたライゼさんは秋の日の優しい陽だまりのようでした……



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 シャッツキステでのお仕事や、メイドとのエピソードや大好きなところ……思い返してみたのですが、書ききれませんね……

 

 どう考えても、私は皆さんのことが大好きなようです……


 もちろん、旅人さま方との思い出も大事に大事に抱えております。


 思い返してみると、こんなこと聞きたかったな……これをお話ししたかったな……と思うことがポツリポツリと浮かんでは、夜空に消えていきます……

 

 旅人さまとお話しした思い出、お給仕の中のエピソード、笑った出来事、失敗したこと……

私の宝箱の中でずっとずっと輝き続けると思います。


 シャッツキステという場所が閉じても、私はきっと、この宝箱を自分の道の途中で開けて、大好きな思い出達を光に翳して見ることでしょう……

 

 

 どうか、みなさまの旅路が素晴らしきものでありますように……

 もし、つまづいたら……ゆっくり座って、お茶を飲みながら、大好きな宝物を見つめてみるのもいいかもしれません……


 何事も、無理は良くないですから……

 

 これからも、この世界のどこかで……皆様が素敵なものに出会えますように……


 それでは、みなさま……

    お気をつけて、いってらっしゃいませ。




 シャッツキステ 秋組メイド リツ